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Vol.222 ファン・ジニについて考えてみた [韓国ドラマ]

 先日、NHK BSで放送されていた『ファン・ジニ』が終了した。

 もっとも韓国では一年以上前に放送済、コアな日本のファンたちは既に大勢観ていた訳だから、いまさら語るのはヘンな話だろう。

 この2006年度版TVドラマ『ファン・ジニ』を観ていて、まず思ったことは、安心して観ていられた、ということ。
 全二十四話を通して、全体の構成がきちんと練られて作られていたし、技術的にもアラがなく、まるでNHKの時代劇のようだった。

 ただ、面白かったかと聞かれれば、「つまらん」としか、答えようがないのも事実であって、韓国のTVドラマは、自分の感性と合わないんだなぁ、とつくづく思うのだった。

 『ファン・ジニ』は完成度が高い反面、『大長今』のような“おい、おい、これって絶対リテイクだろ”みたいな初歩的ミスが全然ないので、ツッコミをいれられないのも、残念だった。
 『大長今』の場合、そのツメの甘さもまた、面白さのウチだったからだ。

 私は約十年前、韓国では次に時代劇が来る!と予言したことがあったが(^^)、来たのは映画ではなく、TVドラマの方だった。
 この時代劇勃興に、一番貢献したのが『大長今』の成功だったとは思うんだけど、NHK大河ドラマの影響も忘れてはならないだろう(かつて韓国のサウナで、衛星放送で流されるNHK大河ドラマに群がる人々を目撃して驚いたことがあった)。

 今回の『ファン・ジニ』は、お話がきちんと計算されていて、短い話数ながら人間関係が刻々と変化する部分がきちんと出来ていたし、ウノの死だとか、キム・ジョンハンとの訣別など、縁の切れ目でヒロインが豹変する演出は、高い効果をあげていた。

 ウノの死後、アルコールに溺れ、底意地悪いオバサンと化してしまったミョンウォル演じるハ・ジウォンだとか、“オバQ”そっくりのキム・ジェウォンが、両班やったら格好よかったなど、新鮮な驚きも結構あったりした。

 反面、ヒロインと時には敵対し、時には理解者となる、ペンムやプヨンといった女性連中との関係が思ったほど物語の中で機能せず、イマイチ。

 全編を彩るはずだった伝統芸能の描き方しても、なんかハンパでツッコミが足りず、金をかけている分だけもったいない気もした。

 しかし、こうした物足りなさを感じた大きな理由は、実は話数の少なさだったのではないだろうか?

 ダラダラ続けられるのはTVドラマの大きな利点であって、ダラダラが生み出す計算外の変化は、観る側にとっても、作る側にとっても魅力があるものだ。

 でも、TVドラマをパッケージにして海外に売る事が必須になってしまった今の韓国では、資本を集中させ完成度を高め、売りの単価を上げるために、最初からこうした限られた話数で贅沢に作る事が当たり前になりつつあるように見える。

 演じる側にとっても、TVドラマの方が海外で顔が売れるので、TVから遠ざかっていたスターたちが、映画から再びTVドラマへと戻りつつある現象も、韓国における業界の変質なんだろう。

 でも、この『ファン・ジニ』、全二十四話ではなくて、全五十話くらいまでダラダラやれば、女同士の醜い関係だとか、ヒロインに想いを寄せる男たちの愛憎ドラマだとか、狂気に満ちた芸への野心だとか、ドラマがさらに面白くなったんじゃないだろうか?

 このドラマでモデルになったファン・ジニ=黄真伊は、名前ばかりが後世に残り、実体がよくわからない人物らしい。
 それゆえ、昔から韓国ではクリエイターたちの食欲をそそるのか、数々の作品が作られてきた。
 日本だったら、“ファン・ジニは男だった!”なんてネタが出てきそうなキャラだ。

 私は今回のドラマを含め、映像作品のファン・ジニは全部で三作しか観ていないのだけど、今でも印象に残り続けているのは、ペ・チャンホの1986年度版『ファン・ジニ』である。

 当時、日本からパナビジョンカメラを借りて撮影された独特の映像美は、なかなか個性的で、形式ばった物語もあいまって、古典劇の面白さを持った映画であった。

 日本ではまともに上映はされず、たしかTBSかCXの深夜枠で観ただけだったんだけど、落陽の中、浜辺に身を横たえ、唐突に息絶えるヒロインの最後は、映画の内容を忘れた今でも瞼に焼きついている。

 この映画を撮ることでペ・チャンホは“韓国の溝口健二”なんていう乱暴なレッテルを日本側に貼られていたが、学生ながらに“それは違うだろー”と憤慨していた記憶もある。

 個人的にはファン・ジニとは、作家の解釈する自由度が高すぎて、実は商業作品向けではないテーマだと思うが、韓国の伝統芸能や土着性、そして古典にこだわりのあるクリエイターが大衆の目を気にしないで作る事ができれば、より面白い作品がでてくるかもしれない。

 ちなみにソン・ヘギョの『ファン・ジニ 映画版』は、やはりクリエイター独自の視点で作られた物語だ。
 この作品には386世代の視点が濃く漂っているから、それを念頭に置いて観ることを、お勧めしたい。
 そういう点では『大長今』や『茶母』以後の新しい“ファン・ジニ”なんである。
 決して“韓流”なんて誤解しないように(^^!)。
 
 しかし『ファン・ジニ 映画版』って…
 配給側苦肉の策、苦労がしのばれるタイトルだね。

Hwang Jin-ie.jpg


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