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Vol.459 祟礼門再生 [韓国カルチャー]

 それは2008年のこと。
 社会へ不満を持つ一高年齢者の手によって放火された南大門こと祟礼門が焼け落ちたことは、今だに記憶に新しい。
 ソウルに残る数少ない、それなりに古い建築物の一つだったので、個人的な思い入れは全くないものの、ちょっと残念ではあった。

 古式建築に必要な材料や技術が韓国内で失われて久しいこともあり、再建までに相当の年月がかかる、という説も囁かれた。
 しかーし。
 いくつか韓式黄金パターンのトラブルはあったものの、2013年にはあっけなく復元が完了してしまった。
 なんやかんやいってもゼネコンの盛んなお国柄である。
 火災前にちゃっかり精密測定は済んでおり、再建は巷で大騒ぎするほどの事でもなかったようだ。
 韓国ではここ何年か、富裕層向け住宅では木造の伝統建築が見直され、流行っていたりもしたので(『建築学概論』もそれ系のネタだと思う)、それなりに建築業界の方でもノウハウの蓄積があり、潜在的に準備が出来ていたのだろう。
 完成後も、黄金パターンに彩られたスキャンダルで揉めてはいるが、まあ想定内、とりあえず再生できたことの方を評価したいと思う。

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 そんな訳で、近くに来たついでに久々に祟礼門まで足を運んで見ることにする。
 日本でも超々有名な観光スポットだが、昔から個人的には全く用事がない場所なので、本当に久しぶりだ。
 朝日が眩しい午前中だったこともあってか、昔の記憶と比較すると、祟礼門よりも傍にあるYTNや新韓銀行の方が目立っていたりする。

 今回の復元に際して、どうやら敷地面積が増えているようだ。
 新しい石畳が眩しく輝き、野球やサッカーが出来そうなくらい広い。
 門の内部、天井には龍の絵が再現されているが、こういうものは古来から続く希少性が第一なので、ギンギラギンに顔料が輝く様子に魅力はない。
 絵がちょっと下手すぎないか??と思ったのだが、実際は焼け落ちる前の方が再現度がいい加減で、現在の方が分かる限りではオリジナルに近いらしい。

 城壁部分は、焼け残った部品を活かしつつ、組み直した構造になっているので、つぎはぎが目立つが、これは仕方ない。
 だが、テクスチャがここまで違うと、何年経っても違和感は変わらない気がする。
 新しい石垣には切り出した時につけられたとおぼしき大きな傷痕がそのまま残っているが、オリジナルもこういう感じだったのだろうか?(記憶がない)

 祟礼門は目立つ場所にあるので、光化門や市庁前からすぐに見えるが、意外と距離があり、敷地に行き着くまで妙に遠回りなのでイライラさせられた。
 ちゃんと直通の横断歩道を設けて欲しいところだが、地元の人は足を向けない名所だろうから、観光客は商店街兼地下道を使え!ってことなんだろう。

 ここ十年あまり、ソウルではゼネコン優先の市政が続いたためか、江北でおなじみの光景が激変した。
 妙なガラス張りの建築が増殖し、市庁は恥ずかしい形に改悪され、世宗通りはみっともないお祭り公園と化し、東大門スタジアム跡地には不気味な巨大施設が作られた。
 高速道路を取り壊し、清渓川の蓋を開けたまでは、それなりに新しい街作りとしての意義があったと思うのだが、その後の展開が怪しい。

 それに比べれば祟礼門の復元は、賛否両論あっても相当まともな方であり、いいことだったとは思うけど、高層ビル群に埋もれて生彩に欠けたその姿を見ていると、とうの昔にソウルの中核部は別の場所に移ったんだろうな、と改めて痛感させられるのであった。

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