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Vol.297 藤原竜也だけはいいと思う/『アイリス』 [韓国ドラマ]

 2010年、春。
 韓国のTVドラマ『アイリス』が日本の地上波で放映される前日まで、東京・井の頭線「渋谷」駅のホームは実に異様な光景を呈していた。

 構内に林立する円柱には『アイリス』のポスターがベタベタと貼られ、「総製作費15億円」だとか「韓国で最高視聴率39.9%」だとか、デカデカと書いてある。

 渋谷という街は、かつて『シュリ』が、今は亡き、渋谷パンテオンで偶発的に上映されるという事件が起きた場所。
 だから、その約十年後に、韓国ドラマのポスターが、のべつまくなしに貼られたことは、因縁を感じる出来事であると共に、日本社会の「韓国」という記号に対するイメージの大変化を象徴しているかのようだ。
 だが、どこか不自然なのも事実。

 私は韓国ドラマに興味がないので、この『アイリス』もまた、全然観る気が起こらなかった。
 巷の大宣伝ぶりも、その意欲減退を促進する。
 でも、そんなことを言っていると、情報に疎くなってしまうので、とりあえず今回は観ようと決心。
 製作スタッフに知り合いがいるので、メールを送ってみた。
 「今度、日本でも『アイリス』が放送されますが、観ることに全く気が進みません」
 そうしたら、私のしけた言葉が、なぜか、えらくウケた。

 第一話が放送された週、電車の席の隣に、俗に言う「韓流ファン」とおぼしき、おばさん(というか、おばあさん)が二人座り、なにやら、『アイリス』の話題を熱心に喋り出す。
 「イービョンホ(=イ・ビョンホンのことだと思う)は韓国映画界ナンバーワン」だとか、「韓国人は演技をする才能に長けた民族に違いない」とか、よくある大絶賛コメントに続いて「『アイリス』は吹き替えがよくない。あれは皆の間でも評判が悪いのよ~」とおっしゃる。

 でも、イ・ビョンホンを担当している藤原竜也は、正直、かなりいいと思う。
 声のトーンが全く違うので、ソックリという訳にはいかないけど、イ・ビョンホンの個性を努めて再現しようとしているから、違和感がない。
 なにせ、このドラマを最初観た時、彼が吹き替えを担当しているなんで、気が付かなかったくらい。
 黒木メイサと城田優は、まだまだ改善の余地ありだけど、キム・テヒとチョン・ジュノが、まあアレなんで、全然気にならなかったりする。

 『アイリス』を観て思ったのは、「7、8年前に映画として作っていれば面白かったのに…」という感想だ。
 残念なことに、今回のドラマは、無駄でつまらないメロや、派手なシーンの連続が、肝心のテーマを、えらく浅はかで、安っぽいものにしてしまったようだ。
 でも、小中学生には受けそうだから、それならそれで、意義はあるかな?

 民族分断というテーマは、韓国だからこそ描ける魅力的なプロット・ネタの一つだけど、無駄なドンパチや蛇足なロマンなんか一切排して、NHK土曜ドラマみたいな路線で作って欲しかった。
 そうすれば、韓国ドラマの新境地、大きな分岐点になりえたと思うんだけど。
 「海外の一部ファンが韓国ドラマに求めるイメージ」を大幅に取り入れてしまった故の結果であれば、残念な気がする。

 企画中の続編『アイリスⅡ(仮題)』が、どういう内容になるかは、ものが上がってこないとわからないけど(頓挫の可能性も当然アリなので期待しないように…)、どうせならやるなら、一作目とは方向性をガラリと変えて見るのも面白いんじゃないだろうか。

 この『アイリス』、個人的な一番の見所は、キム・ヨンチョルとユン・ジェムンの二人だったりする。

 このドラマをきっかけに、ユン・ジェムンが北野 武作品に、起用されないかな?…

アイリス1.jpg

アヤメノ花ガ 咲キマシタ…

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Vol.243 X箸附近/ドラマ『恋愛時代』 [韓国ドラマ]

 2006年、韓国で放映された『恋愛時代』を、今頃DVDで観る。
 既に日本のケーブルTVやWEB配信で何度も放映されたから、観た方も多いだろう。
 原作は日本の野沢尚が書いた同名の小説だ。

 このドラマを観るにあたって、事前に原作を読んだのだけど、困った事に、文庫版が実質、在庫切れになっていて、新品で購入できない。
 仕方がないから、近所のBOOK OFFでかろうじて一冊だけ残っていた文庫本後編を見つけて、なんとか揃えたんだけど、意外とこの原作は人気がないのかな~、などと思ったりした。

 作家&脚本家の野沢尚といえば、かつて月刊誌「シナリオ」で延々と「その男凶暴につき」へ対する不満や、恨みつらみを書き綴っていたことくらいしか記憶になくて(当時はそういう言論の自由があった)、どちらかといえば、サスペンスやミステリーを好んで書く作家、そして男どもの世界を得意とする作家というイメージだったので、「恋愛時代」を読み終えた後の感想は、「野沢尚にとっては実験作だったのかな?」という印象の小説だ。

 全体のリズムだとか、人物の造詣だとか、かなり苦心して無理に書いた感じが否めなくて、そういう意味でも作者にとって挑戦的な意欲作だったのかもしれないが、この手の題材は、やっぱり女性の書き手に、男は敵わないなぁ、というのが正直な感想だった。

 この原作小説もTVドラマも、韓国では安定した人気があって、今だ熱心なファンがいるという。
 だが、日本ではこのドラマ版がさして話題にもならなかったのは、やっぱり「韓国的なモノ」を求める日本のファンが好むような感覚のドラマではなかったのではなかろうか?ということだった。

 ドラマ自体はかなり原作に忠実で、それゆえ面白くなかったし、そもそも原作自体が小説として失敗作だったのでは?という疑問があったので、そういった質問を演出を担当したハン・ジスン監督にしたところ、「そうかなぁ~、韓国では今でも人気があるんですけどね」といいつつ、興味深い答えが返ってきた。
 彼に言わせれば、私が感じた「無理な部分」も、日本の小説だから成立しえたのでは?ということであり、それが非常に面白かった、ということらしい。

 話の展開はどちらかといえば、韓国のクリエイターが書きそうな内容に見えたので、それゆえ韓国でドラマ化したのかな、と勝手に考えていたんだけど、そういう訳ではなくて、作り手としては、原作には韓国では成立し難い独自性、韓国にはない魅力を感じた、ということだったのかもしれない。
 ちなみにシナリオは、彼とは別の作家が担当したが、意見交換は頻繁に行ったという。

 このドラマを観ていて一番印象に残ったのは、出来映えの良し悪しや、登場人物ではなくて、ソン・イェジン演じるウノが、元夫ドンジン(=カン(감)・ウソン)に箸の使い方をたしなめられるシーンだった。

 このシーン、実は非常にリアルだったと思う。

 ご存知のように、韓国もまた、「お箸」の国。
 ただ、日本と大きく異なるのは、スプーンも同じくらい使うということだろう。

 最初の頃、この使い分けがうっとうしくて仕方なかったが、慣れてしまえばそれなりに合理的、今では日本でも韓国のスプーンを使っていたりするのだが、やはり箸の持つ汎用性には及ばない。

 日本でもまともに箸がつかえない、俗にいう「X箸」問題が時々話題に取り上げられるが、箸の使い方が年々下手クソになっていっているという点では、韓国も全く同じような気がする。

 その昔、知人の家に居候して飯を喰らっていた時、その家の子供が不思議そうな顔をじっと私のことを見つめるので、「なんで?」と聞いたところ、外国人が箸をきちんと使っているのが不可解で気になっていたらしい。

 そういう彼は立派なX箸。
 仕方ないので、箸の持ち方を伝授したのだが、あまりそういうことを気にしない家庭なんだろう、とその時はそれで終わった。

 だが、その後、食事の時、韓国人の箸使いを見ていると、意外とX箸が多い事に気がつく。
 ある日、うら若き女性と食事に出た時、日本料理が好き、というので、うどん屋で食事を頼んだのだけど、その子は食べるのがやたら遅い。

 最初は単に、遅いだけだろうと思って見ていたのだけど、よーく観察していると、ひどいX箸で、麺類なんかまともにつかめないことを知り、ビックリした思い出がある。
 うどんなんかはフォークみたいな使い方で無理やりステンレスの箸に巻きつけようとするもんだから、えらく効率が悪いし、ご飯の場合、ぐるぐるとかき回している始末。

 その姿が可愛い、っていえばそれまでなんだけど、いい大人がこれ?と、興ざめしたというのが率直な感想だった。

 実は食器がうまく使える、使えないという問題と、味覚に関するセンスの良し悪しは、比例しているのではないか、というのが自説なのだ。

 まあ、その時の雰囲気や会話が楽しければそれでいいんだけど、X箸でぐーるぐる、という女の子の姿に白けてしまうのは、なにも私に限った話ではなくて“韓国の男も又、そういう人がいるんだろうねぇ~”と、「恋愛時代」を観ていて、考えたのであった。

 もっとも、韓国のドラマ版ではそれが二人の愛情の象徴ではあったけど…

4852210.jpg 恋愛時代-serie1.jpg

X.jpg
名作「X橋附近」はこの本に収録されています
(韓国と全く関係ありません)


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Vol.222 ファン・ジニについて考えてみた [韓国ドラマ]

 先日、NHK BSで放送されていた『ファン・ジニ』が終了した。

 もっとも韓国では一年以上前に放送済、コアな日本のファンたちは既に大勢観ていた訳だから、いまさら語るのはヘンな話だろう。

 この2006年度版TVドラマ『ファン・ジニ』を観ていて、まず思ったことは、安心して観ていられた、ということ。
 全二十四話を通して、全体の構成がきちんと練られて作られていたし、技術的にもアラがなく、まるでNHKの時代劇のようだった。

 ただ、面白かったかと聞かれれば、「つまらん」としか、答えようがないのも事実であって、韓国のTVドラマは、自分の感性と合わないんだなぁ、とつくづく思うのだった。

 『ファン・ジニ』は完成度が高い反面、『大長今』のような“おい、おい、これって絶対リテイクだろ”みたいな初歩的ミスが全然ないので、ツッコミをいれられないのも、残念だった。
 『大長今』の場合、そのツメの甘さもまた、面白さのウチだったからだ。

 私は約十年前、韓国では次に時代劇が来る!と予言したことがあったが(^^)、来たのは映画ではなく、TVドラマの方だった。
 この時代劇勃興に、一番貢献したのが『大長今』の成功だったとは思うんだけど、NHK大河ドラマの影響も忘れてはならないだろう(かつて韓国のサウナで、衛星放送で流されるNHK大河ドラマに群がる人々を目撃して驚いたことがあった)。

 今回の『ファン・ジニ』は、お話がきちんと計算されていて、短い話数ながら人間関係が刻々と変化する部分がきちんと出来ていたし、ウノの死だとか、キム・ジョンハンとの訣別など、縁の切れ目でヒロインが豹変する演出は、高い効果をあげていた。

 ウノの死後、アルコールに溺れ、底意地悪いオバサンと化してしまったミョンウォル演じるハ・ジウォンだとか、“オバQ”そっくりのキム・ジェウォンが、両班やったら格好よかったなど、新鮮な驚きも結構あったりした。

 反面、ヒロインと時には敵対し、時には理解者となる、ペンムやプヨンといった女性連中との関係が思ったほど物語の中で機能せず、イマイチ。

 全編を彩るはずだった伝統芸能の描き方しても、なんかハンパでツッコミが足りず、金をかけている分だけもったいない気もした。

 しかし、こうした物足りなさを感じた大きな理由は、実は話数の少なさだったのではないだろうか?

 ダラダラ続けられるのはTVドラマの大きな利点であって、ダラダラが生み出す計算外の変化は、観る側にとっても、作る側にとっても魅力があるものだ。

 でも、TVドラマをパッケージにして海外に売る事が必須になってしまった今の韓国では、資本を集中させ完成度を高め、売りの単価を上げるために、最初からこうした限られた話数で贅沢に作る事が当たり前になりつつあるように見える。

 演じる側にとっても、TVドラマの方が海外で顔が売れるので、TVから遠ざかっていたスターたちが、映画から再びTVドラマへと戻りつつある現象も、韓国における業界の変質なんだろう。

 でも、この『ファン・ジニ』、全二十四話ではなくて、全五十話くらいまでダラダラやれば、女同士の醜い関係だとか、ヒロインに想いを寄せる男たちの愛憎ドラマだとか、狂気に満ちた芸への野心だとか、ドラマがさらに面白くなったんじゃないだろうか?

 このドラマでモデルになったファン・ジニ=黄真伊は、名前ばかりが後世に残り、実体がよくわからない人物らしい。
 それゆえ、昔から韓国ではクリエイターたちの食欲をそそるのか、数々の作品が作られてきた。
 日本だったら、“ファン・ジニは男だった!”なんてネタが出てきそうなキャラだ。

 私は今回のドラマを含め、映像作品のファン・ジニは全部で三作しか観ていないのだけど、今でも印象に残り続けているのは、ペ・チャンホの1986年度版『ファン・ジニ』である。

 当時、日本からパナビジョンカメラを借りて撮影された独特の映像美は、なかなか個性的で、形式ばった物語もあいまって、古典劇の面白さを持った映画であった。

 日本ではまともに上映はされず、たしかTBSかCXの深夜枠で観ただけだったんだけど、落陽の中、浜辺に身を横たえ、唐突に息絶えるヒロインの最後は、映画の内容を忘れた今でも瞼に焼きついている。

 この映画を撮ることでペ・チャンホは“韓国の溝口健二”なんていう乱暴なレッテルを日本側に貼られていたが、学生ながらに“それは違うだろー”と憤慨していた記憶もある。

 個人的にはファン・ジニとは、作家の解釈する自由度が高すぎて、実は商業作品向けではないテーマだと思うが、韓国の伝統芸能や土着性、そして古典にこだわりのあるクリエイターが大衆の目を気にしないで作る事ができれば、より面白い作品がでてくるかもしれない。

 ちなみにソン・ヘギョの『ファン・ジニ 映画版』は、やはりクリエイター独自の視点で作られた物語だ。
 この作品には386世代の視点が濃く漂っているから、それを念頭に置いて観ることを、お勧めしたい。
 そういう点では『大長今』や『茶母』以後の新しい“ファン・ジニ”なんである。
 決して“韓流”なんて誤解しないように(^^!)。
 
 しかし『ファン・ジニ 映画版』って…
 配給側苦肉の策、苦労がしのばれるタイトルだね。

Hwang Jin-ie.jpg


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Vol.206 韓国ドラマがアニメ化ブームに? [韓国ドラマ]

 最近の韓国はヒットしたTVドラマのアニメ化が流行っている…ようにみえる。

 おそらくきっかけになったのは『大長今/チャングムの誓い』のスピンオフ、『チャングムの夢』だったのだろう。
 このアニメ、放送当初は韓国のTV局も全然期待していなかったのだが、いざ番組が始まると大きな反響があって、大慌てで対応していた、というエピソードが残っている。

 韓国のTV局が自国製アニメに全く期待していないというのは、仕方がないことなんだけど、この『チャングムの夢』が韓国製アニメにしては破格の価格で日本に販売され、すぐにNHK地上波のゴールデンタイムで放送されたという事実は、「日本で受けた韓国ドラマをアニメにすれば商売になる」という認識を韓国の企業に与えたとしてもなんら不思議はない。

 このシリーズの成功は、

 ●日本でウケたTVドラマを基にすること

 ●製作は韓国の会社が担当すること

 ●キャラやコンテ、美術と演出監修など主要パートは日本人が担当すること

 という、アニメーション製作におけるビジネスモデルの具体例を、とりあえず残したといえそうだが、肝心な部分、つまり韓国側がボトムアップを図らなければならない部分は、日本人に担当させて、おいしいところだけ、韓国の会社が持っていってしまう体質は、いい加減やめたら?とも思ってしまう。

 これ以外にも、日韓で人気ある某韓国ドラマのアニメ化が現在、合作で進行中だし(そのうち発表になるでしょう)、過去にも、『茶母/チュオクの剣』のアニメ版が進行していたこともあったりした(でも頓挫)。

 でも、今一番の注目は、「冬のソナタ」のアニメ化だろう。
 
 今年東京で開かれた日本のアニメフェスで大々的に概要が発表され、公式ホームページもUPされたが、発表された内容と実際では、いささか異なる形でアニメ化が進んでいるようである。

 もっとも、見本市での発表というものは「こうできたらいいなぁ」という企業の願望にすぎないし、「こういうものを売りまっせ、早いもの勝ちでっせ」という販売宣伝のPRが主たる目的だから、ブツが完成しない限り、なにがどうなるかなんて、わからないのが現実だ。

 もっとも、肝心の冬ソナファンにとっては、アニメの出来栄え云々ということよりも、ペ・ヨンジュンとチェ・ジウのオリジナルキャストが参加する事実の方が、なにより一番重要なはず(でも他の連中は出ないのかな?)。

 先日、韓国で日本人アニメーション関係者と話す機会があって、たまたまこの「アニメ版冬ソナ」の話題が出た。
 そこで話題になったのは「なんで、『冬ソナ』をアニメにすんの?」という、基本的な疑問であった。

 確かにアニメ化すれば、キャラクタービジネス上、いろいろと応用が効くだろうし、なによりもアニメのキャラは「不変」という大きな強みがある。

 だから、冬ソナのアニメ化利点を理解できなくもないのだが、冬ソナの世界観というものは、実写だから醸し出されたものであり、実際の俳優たちが演じたからこそ、多くのファンがついたのであって、アニメ化してしまうことは、オリジナルとしてどれだけ魅力的なものが生れうるのか、さっぱりイメージが湧かないのであった。

 冬ソナの重要な舞台であった春川市でアニメーション製作を請け負う、といった話も喧伝されたが、春川市がアニメーション産業に力を入れているのは、たまたまの偶然であって、ドラマとは関係ない。

 春川市の担当者からアニメーションセンター資料を見せてもらったことがあったけど、総工費を聞いてあきれた記憶がある。

 でも、施設が立派で人がたくさんいるからといって、製作を任せられるかどうかは全く別問題だし、春川市が中心になってアニメ版冬ソナ製作が廻ることも、現実的ではない。

 冬ソナファンでも、韓国ドラマファンでもない立場からすれば、せっかく『冬ソナ』主演二人が出演する訳だから、アニメよりも実写で新たな一本を作る方が、ファンへの誠実な答えなのではないかと思うのだけど、『冬ソナ』が一部関係者に莫大な利益をもたらしてしまい、各々の心意気だけでは企画を実現することが出来なくなってしまった今、現実的に出来うる続編もしくはスピンオフは、アニメ版かパチンコだけ、ということなのかもしれない。

 さて、冬ソナとは全く関係ないのだけど、韓国アニメついでに、おゆなむ氏の個人的新作を紹介したい。

 おゆなむ氏は10年近く、韓国で日本のアニメーション演出を手がけているが、韓国独自の作品も幾つか担当している人だ。
 つまり、クリエイターの視点で、韓国アニメの何がダメで、なにがいいかをよくわかっている人である。

 当然、“夢物語の韓国”で生きている訳ではないから、韓国社会に対する辛らつな意見もよく出てくるのだけど、いまだそういう話が、日本では陰口レベルでしか語ることが許されないのは、残念だとも思う。

 リンクしたURLでストリーミングで観覧できるアニメーションは、忙しい仕事の合間をぬって、一人で作り上げたものだ。


 通常のアニメーションとは異なり、独特のテイストに仕上がっているから、その出来栄えに賛否両論はあるだろうけど、韓国と日本の狭間で戦う一人の日本人のありようとして、関心のある方は是非観て欲しいと思う。
 そして、作品が不満に思っても、率直に氏にメッセージを送っていただければ幸いである。

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Vol.196 もうひとりの“タムドク” [韓国ドラマ]

 NHK地上波でも『太王四神記』が始まった。

 BS-hiですでに見ていたが、日本語版でも話のわかりにくさは、あまり変らないような気がする。

 日本語吹き替え幾つかの利点は、オリジナル・キャスト何人かのひどい演技を、日本の声優が確実にカバーしていることだろう。
 逆にオ・グァンノクやペ・ヨンジュンといった、“声”が重要な俳優たちの魅力がイマイチ伝わらない、という残念な部分もある。

 ペ・ヨンジュン演じる広開土王は、下の者に大しても非常に丁寧で柔らかな物言い(だけど簡潔)をしており、このキャラクターの性格をよく現していると思うのだけど、吹き替えだとちょっと再現しきれないかもしれない。

 このシリーズで残念だったことは、まず話数が少なすぎたことだ。
 全24話というくくりは、商品パッケージとして色々都合がよかっただろうし、この規模で、だらだら製作を続ける訳にもいかないだろうから、仕方ないのだが、やはりこの倍くらい話数がないと、消化不良は免れない。

 特に、主人公タムドクとホゲ、キハの関係は、彼らの幼少時代と、その成長の過程がきちんと描けていないので、大人になってからの三角関係がドラマの中で全然活きていない。

 ムン・ソリは明らかにミスキャストにしか見えないし、ウルトラ個性派チェ・ミンスにしても、想像以上に普通で目立たず、ちょっと期待はずれ。

 また、『太王四神記』は、時代劇としても、ファンタジーとしても、相当半端だ。

 韓国では、ファンタジーとして割り切って観ていた人が多かったような気もするが、どうせ創作話なんだから、逆にリアル路線で進めた方がよかったのでは、と私は思う。

 ただ、物語の舞台は、今の朝鮮半島から中国東北部にかけての地域であり、今時分、なんやかんやと無責任な外交騒動ネタにもなりかねない場所だから、ファンタジーであったのは製作者側苦渋の選択だったのかもしれない。
 なにせ、中国語圏は韓国ドラマのお得意先だ。

 それに古代の日本“倭”に対する言及も当然劇中に出てくるが、これが20年前だったら、時代性を無視して、妙なちょんまげに着物の“倭”が登場し、高句麗の兵隊たちにばった、ばったとなぎ倒されていただろう。
 そこら辺、今の韓国らしく、海外市場を考慮したドラマではあったのかもしれない。

 第1話で無駄に誇張されて描かれた、4つの神物(神器)を巡る争いも、当初は「ドラゴンボールかい」とあきれて観ていたのだが、すぐに劇中では浮いた小道具と化し、ドラマを一向に盛り上げない。
 このシリーズで最もいらなかったもの、それはこの4つの神物と火天会なのでは?

 さて、このドラマを観ていて、すっかり忘れていた、ある事に気がついた。
 それは『太王四神記』が、タムドク(談徳)王の物語であったこと(^^!)
 私は“タムドク”というより“広開土王”の名前が頭にこびりついていたので、両者が同じであったことをすっかり忘れていたのだ。

 この“タムドク”という名前には、ちょっとした思い出がある。
 数年前、韓国でアニメーションやキャラクタービジネスがベンチャー企業の雄として華々しく喧伝されていた時代に製作された、ある企画だ。

 タイトルは『Damduc story』。

 キャラデザインにオリジナリティはないが、パイロットで作られたアニメーションが、なかなかよくて、ちょっと可能性があるかも、と思ったものだった。

 一応、日本の会社にも売り込んだらしいが、「日本じゃ“タムドク”なんか誰も知らない」という訳で、けんもホロロに、全く相手にもされなかったらしい。

 結局、この企画は大きく羽ばたけないままどうなったのか、私は知らないのだけど、『太王四神記』を観ていると、時がもう少し遅ければ“もしかしたら…”と、この『Damduc story』を、どうしても思い出してしまう。

タムドク.jpg

※ハングルの日本語表記はNHKに準じて記載





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Vol.168 チュモンを射る③ 声が替わってもいいじゃないか [韓国ドラマ]

 「チュモン」の吹き替え担当が突然替わった、ということにファンが大騒ぎという主旨の記事を読む。
 まあ、これも番組宣伝の一端なんだろうと思いつつ、その声が替わった「チュモン」を観てみた。

 今まで、主人公チュモンを若手の宮野真守が当てていたが、それが小杉十郎太の渋い声に替わっている。
 小杉十郎太といえばアニメ版「ジョジョの奇妙な冒険」で、シブ~く「じじぃ!」と叫んでいた俳優だ。
 確か声優デビューして三十年近いから、もうベテランといってもいい。

 この配役交代を配給側は「演出的理由」と説明しているが、もし本当だとすれば、なかなかよいアイディアだと思う。
 演出戦略として「あり」だろう。

 なぜなら主人公の成長前、成長後と声優を替えるアイディアは吹き替えだからこそ可能だったのであって、交代の真相はどうであっても、面白い試みだと思うからだ。

 宮野真守と小杉十郎太は全く声質も年齢も異なる俳優なのだが、そこら辺は長いキャリアを誇る小杉十郎太、違和感なく合わせていると思うし、こういうのを見ていると、「やっぱり日本の声優は凄いなぁ」と改めて感じるのだった。

 でも、ちょっと問題だったのは、チュモンが姿を消していた間の方が、ドラマが面白かったこと(^^)
 それに小杉十郎太の方が、ソン・イルグク演じるチュモンを実際より格調高く見せているような…気も。

 時代劇は沢山の登場人物が出てきて、国家だ政治だと、個人を超えたドラマが繰り広げられるので、話数が進むにつれて、脇役の方が台頭、主役の影が薄くなることはよくあることだが、「チュモン」もそんな感じの展開になってきている。

 本ドラマと関係ないが、ソン・イルグク(송일국)という名前は、どうもチェ・ソンググ(최성국)と間違えやすくて仕方ない(^^!)
 

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Vol.142 「チュモン」を射る② 次男坊はつらいよ [韓国ドラマ]

日本で放送が始まってしばらくが経つ「朱豪=チュモン」。
巷の評判が全く聞こえてこないので、その日本での人気度合いはよくわからないが、よくある「憧れの美しい韓国」を描いたドラマではないので、仕方ないだろうとは思う。
物語は大きく動きつつあるが、やっぱり退屈なのは同じで、面白くなるとしたら、まだまだ回を重ねる必要があるのだろう。

このドラマを観ていて唯一面白いなぁ、と思うのが、金蛙王と三兄弟のキャラクターだ。
金蛙王は文武両道、厳しいが公平な人物。孤独に国政を背負っているが、その姿は韓国で時折りみかける、カリスマ系リーダーを彷彿させる。歴代大統領でいえばパク・ジョンヒ大統領、財閥創設者でいえば三星のイ・ビョンチョルなんかに重なるイメージだ。

親父が偉大すぎると後が続かない、というのはどこの国でも同じだが、金蛙王と三人息子たちも、その轍を踏んでいるようだ。

三男チュモンは何を考えているか、さっぱりわからない陰険な性格の人物に見えて仕方ない。暴君の素質たっぷり。今のところ自らに厳しい人物にも見えるが、それは単なる自己アピール。そして、やっていることも行き当たりばったり。要領がよく、運もいい、という点では兄弟中一番長けているので、二代目としては向いているかもしれないが、あまり友人にはしたくないタイプだ。

長男テソは非道に見える男で、人望もない。すぐ陰謀をめぐらすが、頭がいいフリをしているだけで、本当は凡庸、リーダーにも参謀にも全く向いていないと思う。打たれ弱くすぐ凹んでしまうくせに、プライドだけは人一倍で、嫉妬深く、いつまでも大人になれない人物、といった感じだ。でも、その不器用さゆえ、友人だったら、意外と誠実かもしれない。

次男ヨンボは兄弟間諍いの噛ませ犬のような役柄で、一番なさけなく、しょーもない人物として描かれている。感情的で落ち着きが無く、すぐ態度を覆す。でも、資質が劣っているかといえばそういう感じでもなく、確かに頭は悪そうだが、それは兄も弟も同じだ。演じているウォン・ギジュンにとって、一番損な役回りだったかもしれないが、実はこのヨンボこそ、一番人間臭くて、血の通ったまともなキャラなのではないか?と最近よく思うのである。彼の性格、感情的な部分こそ、裏を返せば非常に正直であり、純朴な性格から来るものであって、そこには韓国人男性特有の良さといったものが重なってくる。友達だったら憎めない男でだろう。仕事は任せられないが、よいリーダーがいれば能力を発揮しそうなタイプだ。

傑出したトップの存在は、組織を導き発展させるが、その後がなかなか続かない。「チュモン」における金蛙王と三兄弟の姿は、そんな社会の側面もまた、比喩して見せているかのようだ。


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Vol.82 「チュモン」を射る① 副題あった方がいいと思う [韓国ドラマ]

BS-フジで「チュモン」を毎週観ている。
最近、やっと面白くなりつつあるが、お話が意外にせこく、物語の背景が壮大なわりには、映像に奥行きがないので、歴史的ロマンが今のところ全く感じられない。
むろん、当時は人口も少なく、「国」といっても小さな町程度だったろうから、ドラマがこじんまりしてしまうのは必然かもしれないが、登場人物たちのクルクル変わる性格や態度は見ていて非常に気になる。

このドラマも「韓国で大人気!」というわけで、日本放映にあたって各パブリは皆同じことばかり書いている。
しかし、日本と韓国は国情が異なるから、当然ながら鵜呑みにはできない。
そんな訳で、韓国に行くたびに「朱蒙って、おもしろいの?」とか「本当に韓国で人気があったの?」とか、何人かに聞いてみた。
なぜなら、韓国で「大長今」を放映していた時感じた、「世間で人気あります!」な空気が「チュモン」にはあまり感じられなかったからだ。

結論から言えば「朱蒙」の人気はそれほど日本で誇張されて宣伝されているようでもなくて、「興味ない」という人はいても、「つまらない」という人はおらず、観ていた人たちは一様に「面白い」と語っていた。
だけど、その中でちょっと注目すべき意見があった。
「…確かに面白いけど、男向けのスタイルだから、女性はつまらないと思うよ。『大長今』は女性向けスタイルのドラマだったけど」
だからといって女性の間で不人気だった訳ではないだろうが、まあリアルな意見だろう。

韓国のコンテンツを「大ヒット」「大人気」「高視聴率」と日本のメディアがこぞって書き上げると、それを真に受けた一部の人々は、その番組を韓国では何でもかんでも熱中して観ていたように勘違いしてしまいそうになるが、韓国の市場もまた複雑であり、視聴率が50%超えたといっても、全人口の半分が観ていた訳ではない(そうだったら恐ろしい)。
それは当然のこととして、そろそろ「大人気」「大ヒット」というコピーを乱用するのは改める時期が来ているのではないだろうか。

それよりも、韓国側でマイナー人気であっても、日本で独自の良さを見出して人気を得ることの方が遥かに嘘がなくて、まっとうなことであり、それが本当の人気というものだろう。
「冬のソナタ」は、まさにそういう作品だったと筆者は考える。
人の好みは十人十色であり、「現地発信」と称する情報を鵜呑みにしたような一方的押し売りは、今となっては逆効果なだけだろう。

この「チュモン」、時代背景は面白いので、本当ならば民放などではなくて、NHKで放送して欲しかった作品であった。
歴史的背景について、特番を設けて日本人向けの説明をきちんと付け加えれば、より面白くなるだろうし、観光事業に繋がるから韓国側にとっても都合がいいだろう。
シリーズ半ばを過ぎれば、面白くなりそうな気配もあるので、これからも、じっと我慢して観続けようかな…

朱蒙〔チュモン〕第一章  前編

朱蒙〔チュモン〕第一章 前編

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2007/09/01
  • メディア: DVD


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第26回「チャングムは美味しんぼの夢を見るか?③」 [韓国ドラマ]

 「大長今」から派生した作品といえばアニメ「チャングムの夢」がある。
 この番組は放送前、韓国の放送局側は全く期待していなかったが、放送開始したら反響が大きかったので、対応を改めた、という話を聞いた。また日本でも固定ファンが意外に多いようだ。
 個人的にはこの作品、韓国アニメにありがちないきあたりばったりな欠点を相変わらず抱えた内容であり、「大長今」のアニメ化スピンオフという点でも全く高く評価していない。
 しかし、最後の3話程度は元来のテーマに立ち戻るべく、がんばったようで、韓国の「食」を巡る、アニメ版「大長今」にふさわしい出来栄えだった。
 これだったら「最初からこの路線を貫いて、済州島なんかに行かせなきゃよかったのに…」とも思うのだが、日本と違ってシリーズ構成をしっかり行わない上、局のPDが自ら手をつけてしまうような韓国アニメの製作環境では、一貫したコンセプトアニメーションを製作することはまだまだ難しいのだろう。
 現在、Part2がのろのろと製作進行中だが、Part1も製作開始後、放送されるまでかなり時間がかかっていたので、ファンの人は期待しないで待っていよう。

少女チャングムの夢 VOL.1

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少女チャングムの夢 オフィシャル・ガイド

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  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2006/06
  • メディア: ムック


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第24回「チャングムは美味しんぼの夢を見るか?①」 [韓国ドラマ]

 それは「大長今」が日本のBSで始まったばかりの頃だろうか。このドラマの印象を知己の韓国人女性に語ったことがある。
「韓国の時代物としては非常に良く出来ている」云々とである。
私の意見を聞いたその人はちょっと考え込んだあと、こう答えた。
「…これはあくまでも私の考えなんですが。あのドラマは日本の『美味しんぼ』を参考にしているのではないかと…」。
 その返答は私にとって意外だった。でも、思い起こせば確かにそういう見方はできる。
 「大長今」も「美味しんぼ」も、料理について具体的に表現しながらも、レシピや評論を繰り広げる、といったことよりも、その料理の成り立ちや食材と生活の関わりを通して、人間関係や歴史といった全体像を浮き彫りにしようとするドラマ構造だ。それに、この説は全く破天荒ではなくて、それなりに根拠もあった。
 韓国ではその昔から膨大な日本のマンガや小説が翻訳されて出版されている。
日本のマスコミ報道では、ここ数年の傾向のように誤解してしまう紹介がなされているものもあるが、私の記憶にある限りでは、出版の分野で韓国は、日本の作品がリアルタイムに近いペースで出版されている国だ。
 今からさかのぼること七、八年くらい前だろうか、「美味しんぼ」が韓国でえらく流行っていたことがある。
 地下鉄に乗ると本を読み出したり語学勉強を始めたりするのは日本も韓国も変わりない。そんな中、大人から子供、男女関係なく、やたらと「美味しんぼ」を読みふけっている時期が確かにあった。
 「大長今」が「美味しんぼ」にインスパイアされたかどうかはわからないが、韓国内側の視点として説得力があったお話である。

宮廷女官チャングムの誓い DVD-BOX I

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  • 出版社/メーカー: バップ
  • 発売日: 2005/04/21
  • メディア: DVD


美味しんぼ (1)

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  • 作者: 雁屋 哲, 花咲 アキラ
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2000/08
  • メディア: 文庫


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