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Vol.533 消えた男 [韓国生活]

 韓国の知人、A氏とは仕事を通して知り合った。

 身の丈は185センチを超え、恰幅もよく、顔立ちはそれなりに濃い韓国風、いつも黒い服を着ていたので、まるで韓国映画に出て来る組暴のような風体だったが、中身は全く逆で、温和かつ絵に描いたようなジェントルマン、丁寧な気配りができる人物だった。
 OLの奥さんと共働きで、娘が一人いるという。

 高校時代には無理やりニュージーランドに留学させられたが、周りには羊しかおらず、とっても寂しかったと語り、学生時代から筋金入りの野球好きで、社会人になってからも草野球チームで積極的にプレーしていた。

 それほど親しい訳ではなかったが、A氏は筆者が今まで出会った韓国人男性の中で、飛び抜けて「いいヤツ」だった。

 やがてA氏は独立し、会うこともなくなってしまったが、たまに連絡すると仕事自体は順調らしく、新林洞界隈から盆唐の新都市に家を引っ越したという。
 そして彼からの最後のショート・メールには「今、中国にいるので会えません」と書かれていた…

 …A氏と音信不通になって数年後。

 以前A氏を紹介してくれた会社社長B氏とソウルの下町で飲む。
 そこは外国人観光客がやってくるような場所ではないが、再開発が進み、中堅の住宅街となり、新興企業も増えてと、中々活気ある所だ。

 最近の状況をB氏に尋ねると、やはり事業は悪化しているらしい。
 筆者はいつも半分冗談で彼に「いい加減、会社たたんで故郷へ帰れよ」と言ってはいたけれど、その問いかけに対して「今度新しい事業を始める」と答える。
 なにやら中継貿易の仕事で、うまく行けば今より遥かに儲かるという。

 「そんじゃ、新事業が成功したら、お金貸してくれ」半分冗談で具体的金額を言うと、「いいよ!」と二つ返事。

 でも、これは韓国でよくある会話パターン、それ以上は突っ込まず(本気にせず)、以前から心の隅に引っかかっていたA氏について何か知らないか、尋ねてみた。
 なぜならB氏とA氏は長い友人関係にあるからだ。

 「A?彼は消息不明だよ」
 「ええっ!?」
 「…もしかすると中国で暮らしているんじゃないかな?」

 ここまでは、A氏から直接聞いていたので想定内、「やっぱり」という感じだったが、その後の会話に筆者は足を掬われた。
 「中国にいるって、そんじゃ、奥さんや子供はどうしたんだ?まだ娘は小さいし、奥さんは会社勤めだろ?」

 それを聞いて、今度はB氏の方が驚いた。
 「えっ?Aに奥さんと子供がいるって!?、そんな馬鹿な。彼は結婚していないよ。たしか、母親と兄しか家族はいないはずだ」
 「れれれれっ!???」

 でも、考えてみれば、そのB氏同席の場でA氏が家族を話題にした記憶はない。
 A氏の家族の話題が出るのは、いつも他の連中と一緒に飲んでいる時だったような気も…

 結局、A氏は今も不明で、彼の家族についても、その真相は謎のままだ。

 「みんな言っていることが違う」というのは韓国人と付き合う上でよくあることなので、おそらく誰かが嘘をついているか、勘違いしているか、筆者が騙されているだけなのかもしれない。

 それに「他人の金を持ち逃げして外国にトンズラ」という「韓国人あるある」的な噂も聞かないので、とりあえずA氏は誰にも迷惑を掛けてはいないのだろう。

 だから、筆者はA氏の消息を追うのをやめたけど、今もどこかで、彼は元気にやっているのだろうか。
 幻の妻子と共に……

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Vol.532 機械うどん、B級至高の味 [韓国の食]

 筆者は基本的に韓国の麺料理店に対して否定的なのだが、幾つか少数の例外が存在する。

 その一つがソウル某所に昔から居を構えている、ズバリ「機械うどん」だ。

 「機械うどん」とは、店内で製麺を行ったうどんのことを指し、この店では注文を受けるとその場で製麺を行い、調理にかかる。

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身も蓋もない店名…

 その「店名=調理方法」というストレートさに、最初は「なんじゃ、こりゃ?」と少し驚いた。

 もちろん、店で製麺を行っているお店はここだけではない。
 カロスキルのおしゃれなククス屋で遭遇したこともあるが、そこの「機械で製麺」は空間演出のアクセサリーに過ぎなかった。
 お高い割に味はイマサンで、喜ぶのは観光客ばかり、といった風情だった。

 今回の「機械うどん」は、ソウルの下町にある、すぐにでも取り壊し対象になりそうな古い雑居ビルの一階にあり、製麺機が年季の入ったモノであることから察して、かなり前に開店し、ずるずると「うどんの名店」としての地位を地元で確立してしまったのではないだろうか?

 それゆえ、いつまで生き残れるか非常に不安ではあるが、いつも客で一杯だ。
 値段が相当安いということもあるが、かなり美味しいのである。
 東京で同種・同味のお店があれば、「懐かしきB級グルメ」としてマスコミの紹介必至だろう。

 店内は韓国の古い建物に特徴的な奇妙かつ使いにくい間取りになっていて、混んでいる時は勝手がよくないのだが、回転が早いので少し待っていれば、たいして困ることはないし、その効率の悪さこそ、今の韓国で失われつつある魅力の一つであると思えば、店内の汚さと共に一つの個性として楽しめるはずだ。

 メニューはシンプル。

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これだけ

 看板メニューの「うどん」の場合、薄口の上品なスープに加水率が低いと思われる硬い太麺、しょぼい具が載っているだけというシンプルなものだが、麺の旨さが引き立ち、量もそこそこある。

 だが、筆者一番のお勧めは「チャジャン麺」だ。
 中国料理屋ではないので味付けは一般のものとやや異なる印象(かなりあっさりしている)だが、固めの麺に熱々のチャジャンという組み合わせは非常に美味しい。

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「うどん」の方は撮り忘れました

 韓国の麺料理は年々レベルがあがり、評判のいいお店を探せば、それなりのモノを食べることが出来るようになって来ているが、加水率の低い自家製麺を出す店は少ない。

 「機械うどん」という変な店名も相まって、このお店には、しばらくは現状のままで頑張って欲しいものだ。

 立地場所が微妙なところもいい。
 江北、江南方面からは行きにくい場所にあるが、時間をかけて食べにゆく価値のある名店といえよう。

 さぁて、また食べにゆこっと!!

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素敵な製麺機…



Vol.531 今思えば名盤かも?『同い年の家庭教師』 [韓国映画音楽(OST)]

 『동갑내기 과외하기』(日本公開時題名『同い年の家庭教師』)は2003年3月に公開され、韓国内動員数約380万人を記録した青春コメディだ。

 この作品のヒットによりクォン・サンウは本格的に良くも悪くも普遍的な「スター」へ躍進することになり、キム・ハヌルはそれまでよりもさらに映画女優として認められるきっかけとなった、そこそこにエポックな作品だが、韓国公開当時「スター不在」「低予算」「興行端境期の公開」「新人監督」とダメダメ四拍子が揃っていたため、映画関係者はヒットを疑問視していたという。

 それゆえにこの作品のヒットは「低予算でスターがいなくても内容がウェルメイドなら客は来る!」という、韓国映画のビジネスモデル嚆矢にもなった。

 正直、お子様向け映画であることは否めず、クォン・サンウの「俺様」な臭い大根ぶりがとにかく鼻について仕方なかったので、私は全然面白くなく、すぐ忘却の彼方に沈んだ作品だったが、劇中で使われた「피비스 (PB’s)」が歌う『에감』だけは異常にインパクトがあって忘れがたいものになっている。

 この「피비스」というグループについて筆者は詳しくはないのだけど、元々、弘益大前駅辺りで活動していたインディーズ系らしく、『동갑내기 과외하기』のOSTは当時の彼らにとって初のメジャーアルバムと言えるものだったようだ(公式の初シングルCD発売は2005年)。

 曲は韓国インディーズ系のスタンダートというか、かなり個性的で、とにかく明るく前向きだが、ヴォーカルは、おばさんが声を張り上げているようにしか聞こえず、メロディーも古いのか新しいのかよく分からない、ジャンル不明のヘンな曲が並んでいる。
 でも、それは、一度聞いたら真夏のセミの声如く、耳に焼き付いてしまう。

 このCDを聴くことがほとんどなくなった今でも、私の脳裏には피비스ヴォーカルのパワフルな歌声が突如脳裏に浮かんでは消えたりするので、もしかしてサブリミナル効果が仕込まれている?

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クォン・サンウは「しくじり先生」に出て欲しいです。

Vol.530 またこいや [韓国の食]

 ソウル・乙支路某所にある『又来屋(우래옥)』は昔から冷麺の名店として知られている。

 現在ある店舗は何年か前に新築、移転した建物で、昔はもっと建物群に埋もれた裏路地にあった(場所が分かりにくいには今も同じだが)。

 筆者が初めてここを訪れたのはもう、20年も前のことだ。

 当然、この店が掲げる冷麺屋としてのステイタスなど知るはずもなく、同行した知人のアドバイスに従ってビビン冷麺を食べたが、年配の日本人団体客が居て、ひたすら下品に「骨付きカルビ!、骨付きカルビ!」と騒いでいたことばかりが印象に残っている。

 ここ数年、冷麺食べ歩きが楽しみの一つになった筆者は、どんな味だったか思い出そうと、在韓日本人の知人を誘って、久しぶりに又来屋を訪れた。

 当然のことながら、以前とは全く違う装いになっている。
 だが、よくあるへなちょこな韓国現代建築ではなく、昔の雰囲気が漂う懐かしい様式の低層ビルだ。

 中はまるでホテルのロビー、コーヒーカウンターがあったりして、座席が空くのを待っている家族連れが大勢いる。
 皆、それなりに裕福そうだ。
 多分、中流以上の人たちが多いのかもしれない。

 内装は豪華で、ちょっと独特だ。
 昔の韓国でよく見かけたようなインテリア・デザインになっていて、日本でいえば40年以上前に都市部で見かけたような懐かしさが漂う。

 係の案内に従って席につく。
 従業員教育は徹底しているようで、これまた、お高いホテルの如く。
 料理の値段は当然高く、どちらかといえば特別な日に来るような店であり、観光客が酔ってくだ巻くような大衆店ではない。
 だが、その韓国的というか、「朝鮮的ツンデレさ」が逆によかったりする。
 ソウル市庁近くにある平壌式冷麺を出す某有名店が、デレデレに外国人観光客向けの店として特化していることと対称的だ。
 『又来屋』の「朝鮮的ツンデレさ」とは、創始者&経営者側のこだわりなんだろう。

 高級店にかかわらず、前払い制なのは意表を突かれるが、客の回転を考えた上でのことかもしれない。
 周りを見渡すと日曜ということもあるのだろうけど、プルコギを注文している客が目立つ。
 筆者はプルコギ嫌いなので進んで食べることはまずないけど、ここだったら一度食べてもいいかな、などと考える。

 注文後しばらくして、冷麺(ムルネンミョン)が運ばれてきた。
 量が結構あるから値段相応かな?

 麺はおとなしい感じで特に際立った感じはないが、日本人には馴染みやすい味、スープも上品でくどくない。
 ただ、温麺で食べた方が、ここの麺玉は旨味が活きそうな気もする。

 日本で韓国の温麺はポピュラーではないが、上品な「とんこつラーメン」といった気がしないでもなく、個人的にはおすすめだ。

 今回、気になったのは冷麺に載った白菜の漬物である。
 おそらくキムチの一種なのかもしれないが、これが非常に不味い。
 千切りになっているので食感が悪くなっていることもあるが、麺とスープに全然あっていない。

 この「又来屋」に来ることは当分ないとは思うけど、ソウルで平壤式冷麺食べるなら、筆者はやっぱり「乙支路麺屋」の方かな?

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これも写真を忘れました…

Vol.529 伝統食が消えてゆく [韓国の食]

 筆者は韓国の食品流通事情がよく分からないが、ソウルその他のマーケットやら農協やらをぶらついている経験から考えてみると、ここ十五年位の間に様相が大分変わったのではないだろうか。

 「だいぶ変わった」というのは、生産者から流通に乗って消費者に届くまでの仕組みが、昔よりも「上からの力」で一本化、均一されているのではないか、ということである。

 そう思う理由として、お店に並ぶ品物が大手企業系列のものばかりになり、地方で細々と生産されているようなマニアックな名品が目に見えて減ったことがある。

 もちろん単に売れないから中央に出てこなくなったのかもしれないし、毎度おなじみ、財閥大手による中小・零細生産者の駆逐が進んだのかもしれないが、特に食材の分野でこの全国均一化がやたら進み、韓国での買い物がやけにつまらなくなってきている。

 かつて巷のコンビニであっても、そこがフランチャイズでなければ、訳の分からない製品が細かく並び、個人経営の食料品店などでは、独自ルートで仕入れたと思われる地方企業の製品が置いてあることは珍しくなく、「日本にない」という点では非常に面白いものがあったが、今の韓国、特にソウルでは、そういうものは壊滅状態になった。

 地焼酎や地酒、地テンジャンや地コチュジャンなども、十年くらい前までなら、そこそこ手に入ったが、今では、どんどん「幻」になっている。

 筆者が好きな銘柄のテンジャンは既に入手が困難になり、生産地の通販サイトで探しても見当たらなくなった。
 そういった特別なものでなくても、以前は楽しみの一つだった風味豊かな独特の清涼飲料やジュース類も、ほとんど店頭で見かけなくなった。
 だが、それらは特別な製品ではないのだ。

 結局、一般のお店で入手できるものは日本で入手できる「韓国食品」と対して変わらなくなってしまった気がするのである。

 色々な分野で自文化の「国際化」と「優位性」、「多様化」を標榜し続ける韓国ではあるけれど、伝統的な食文化は、つまらないモノクローム化がどんどん進んでいるように思える。

 対外的に、臭いキムチやら、食べ方が汚いビビンパブやら、TVドラマに合わせて創作されたような怪しい宮廷料理を無理やりアピールするよりも、昔ながらの朴訥なもの、一般家庭で普通に食べているものを大切にして、維持してゆく方が今の韓国の食では、より必要なのではないか。

 そして外国人たちが、それらに対して独自に価値を見出してゆくことこそ、韓国食の普遍化、第一歩だと思うのだが…

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数年前、ソウル某所で購入したテンジャン。
今だ使用中ですが、熟成して美味しくなっています。


Vol.528 ふにゃふにゃだけど [韓国の食]

 地下鉄三号線『狎鴎亭』駅から地上に出てすぐ、やや裏の通りの雑居ビル二階に「안동국시」はある。

 「안동국시」とは「慶尚南道・安東地方周辺式の국수」という意味だが、そのまま店名になっている。

 ソウルで「안동국시」の類いを出すお店は意外と少ないのだが(というか、続かない)、狎鴎亭にあるこの店は、もしかしたら、ソウルにおける草分けなのかもしれない。

 お店が開店したのはかなり前の事で、老舗の部類に入るから、食堂の廃り流行りが凄まじいソウルで、しかも狎鴎亭の一等地で定着しているということは、隠れた人気店なんだろう。

 국수がメイン料理なので店のメニューはシンプルだが、수육や전、만두の類も置いてある。
 他の人の注文を見ていると、「국수+その他」の組み合わせを注文していることも多いが、국수単品でも量が結構あるので、一人の時は注意である。

 국수には温麺と冷麺二種類あるが、レシピ的にはおそらく大きな違いはない。
 スープは牛骨ベースの薄い醤油味の澄んだもので、あっさりしているがコクがある。
 冷麺のスープから동치미を抜いたような味でもあるが、冷やしたものも十分美味しい。

 この店の特徴は、おそらく麺そのものにある。
 きしめんに似た形状だが幅は狭く厚みもなく、ワンタンの皮を細切りにしたような麺で味もそれに近い。
 そのためか、かなりプヨプヨの柔らかい状態で出てくるのだが、これが予想外にいけたりする。
 煮溶ける寸前といった感じだが、スープと良く絡んでいるのだ。
 生麺を使っているが、乾麺だとこの食感と味わいは出ないかもしれない。

 値段は昔からやや高めだが、それは仕方ないだろう。
 場所の問題もあるだろうけど、麺もスープもちゃんとしたものを提供し続けているからだ。

 日本におけるラーメンや素麺とはちょっと異なる麺料理だが、博多うどんなどにコンセプトが近いかもしれない。

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写真撮るの忘れました…

Vol.527 ある俳優の死 [韓国カルチャー]

 2015年6月。
 韓国のマスコミで二人の男優の死が報じられた。

 一人は김운하(=김창규)氏(40)で、ソウル市内にある考試院の一室で病死しているところを、もう一人、판영진氏(54)は、高陽市自宅近くの車中で自殺しているところを発見された。

 なぜ、この二人の死が韓国で少々話題になったかと言えば、共に世間では無名の中年男優であり、恒常的に生活苦を抱えていたらしいということであり、それは「韓流」という虚偽から遠い位置にある職業俳優たちの「リアル」でもあったことが大きいと思う。

 「売れない俳優が生活に困っている」。
 そのこと自体は日本でも珍しくない話だし、スターになればなったで「板子一枚下は地獄」な訳だから、「俳優の生活苦がどうたら、社会福祉がどうたら」といった批判に便乗して何かを言う気はサラサラないのだけど、このニュースがなぜ個人的に衝撃的だったかと言えば、筆者は판영진氏が主演した『나비두더지』(2006年度作品/2008年2月22日 韓国一般公開)を、ソウルの映画館で公開当時観ていたからなのである。

 この『나비두더지』という映画は観客動員数が全国で合計126人(!?)であり、いくら主演でも판영진氏を「映画俳優」と平然と呼ぶには違和感をおぼえてしまうのだけど、ワタクシ的には、その年の韓国インディーズ作品中で確実にBESTな一本でもあった。

 いわゆる「アートフィルム」ではあるが、一種の変形サスペンスであり、ダーク・ファンタジーであり、ロケ撮影を上手に活かした特異な世界観の中で、過酷な地下鉄運転手業務に疲れた主人公を판영진氏は好演していたのである。

 劇中の彼は地味で華のない人だったけど、演技は味があったし、なによりもうらぶれてしまった中年男の辛さと孤独がよく滲み出ていて、地下鉄4号線がエンドレスで高架上を走り続ける不気味なラストシーンがとても印象的だった。

 판영진氏の俳優としての経歴はよく分からず、自宅が高陽市だったことから察すると、おそらく俳優業とは別の仕事をしていたか、家族・親戚筋から援助を受けていたのではないかと想像している(実際、主演クラスでも副業で生活を立てている人は珍しくない)。

 김운하氏の孤独死については、かつて筆者が考試院で生活していた経験から考えれば、まさに「韓国のリアル」であって、俳優として基本的に舞台の人だったという話を聞くと、これもまた切なく哀しく思うのだった。

 映画出演本数は김운하氏の方が多いようだが、皆端役であり、その何本かを筆者はソウルで観てはいても、残念なことに誰が彼であったのか、全く記憶に無い。

 二人の死を報道した韓国マスコミ本当の狙いの一つが、毎度おなじみの現政権叩きにあったとすれば、それは別の意味で不幸なことではあるのだけど、なによりも亡くなられた二人のご冥福を祈りたい。

 合掌。

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판영진氏唯一の主演作


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김운하(=김창규)氏、最後の出演作と思われる


Vol.526 名盤紹介『怪物(괴물)』 [韓国映画音楽(OST)]

 今では韓国を「代表する」というよりも、世界の現役映画監督百選に入るだろう、ポン・ジュノ(봉준호)。
 彼が偉いのは、国際的に注目されても韓国という土壌から決して離れず、チャンスをドメスティックなテーマの作品に活かし続けていることだろう。

 その作風は一見大衆性に富んでいるように見えるが、実はかなり前衛的でもあり、「言わぬが花なり」に沿った物語作りが特徴でもあると思う。
 
 ポン・ジュノ作品は、使われる音楽の面でもシュールだ。
 映画そのものと密接に関連した曲作りが行われていて、音楽だけで聞くと、集中力を要したりする。

 ポン・ジュノ作品で音楽を考えた時、まず思い出すのは岩代太郎が手がけた『殺人の追憶(살인의 추억)』だろう。
 曲そのものが作品を象徴していて、何度聞いても無常感と切なさが脳裏に浮かんでくる。

 この『殺人の追憶』OSTが気に入った私は、次の話題作『怪物(괴물)』(※)にも大きな期待を抱き、OST-CDが発売されてすぐ購入したのだが、正直困惑した。
(※)日本公開時題名は恥ずかしいので、ここでは割愛

 この『怪物』で音楽監督を務めているのは自らもミュージシャンとして有名なイ・ビョンウ(이병우)なのだが、映画との密接度、そして実験性といったものが『殺人の追憶』より遥かに濃くなっており、単体で聴くにはあまりにもシンドい内容になっていたのである。

 でも、考えてみれば、この作品の音楽にイ・ビョンウが関わっている時点でそれは予想できたことかもしれない。
 なぜなら、日本でもOST-CDが発売された『장화, 홍련』(オムニバス『Three』の曲を含む)は、美しい旋律ながらも気軽に聴くことを明らかに拒否しているような内容だったからだ。

 『怪物』はその度合に一層拍車が掛かったといえるかもしれず、通して聴くには疲れるが、時には奇っ怪で難解でも、絶えずユーモラスな曲群は、映画音楽というよりもポン・ジュノとイ・ビョンウによる「語り」だったのでは、とも思うのである。

 そこに価値を感じるか拒絶するか、聴く側は二者選択を迫られるような内容ではあるが、敢えてこういうOSTを出したことは高く評価したい。

 でも、今だったらシュール過ぎてCD販売は無理だったのでは??

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Vol.525 鍾路三街界隈を考えてみた [韓国生活]

 鍾路三街。
 地下鉄が複数線乗り入れる場所として、今でもソウルを代表する界隈の一つだが、かつての賑わいを失ってから久しいものがある。
 歴史的に古い繁華街であるが、既に時勢から取り残された感が否めない。

 その理由はいろいろ考えられるが、ソウル市自体の裾野が広くなり、わざわざ鍾路三街に来る理由を多くの人たちが失ったこともその一つだろう。
 古い街故、闇の利権が複雑に絡み合い、問題解決が図れない、ということもあるのかもしれない。

 十数年前は平日でも人でごった返す光景が普通だったが、今では閑散としていることが多く、外国人観光客ばかりが目に付くようになった。

 老舗のゲイ・タウン、「ソウルの新宿二丁目」として以前から有名な場所でもあったけど、それを表立って観光ビジネスに結びつける度量は残念ながら今も韓国社会にはない。

 鍾路三街から乙支路を通って忠武路に至る道筋は、かつてソウルにおける映画興行の中心でもあったが、その面影はすっかり失われた。

 中心だったソウル劇場に昔のステイタスはなく、旧ピカデリー劇場の跡地に建てられた団結社も、鍾路三街の奈落ぶりを象徴するような空きビルと化して久しい(一応、現在は貴金属専門のビルとして営業再開中)。
 ロッテシネマ傘下となった新生ピカデリー劇場が息を吐いているくらいだが(2017年現在はCGVチェーンである)、かつてここが韓国映画界で権力を振るっていた某氏の持ち物だったことを知る人はあまりいないだろう。

 私がこの地を初めて訪れた時、地元ヤクザが鍾路三街や乙支路界隈の映画館前で幅を効かせ、チケット窓口で客を仕切っている姿に驚かされたが、それもすっかり懐かしい情景になってしまった。

 鍾路三街は、屋台街としても有名だったが、これもまた過去の話、今は夕方から夜にかけて、許可された場所で開店するポチョンマチャの群れが、その面影を微かに引きずるだけだ。

 鍾路三街には、そそられるような美味しいお店が無いことも、困ったことである。
 いや、正確に言えばあるのだが、韓国料理にすっかり飽きてしまった私にとって、多くのお店がピンと来ない。
 だから、結局、宿の自炊飯になってしまったりする。

 仮に鍾路界隈の再開発を行うにしても、大掛かりなインフラ基幹整備から行わないと本当の再生は難しいだろう。
 特に水廻りは大きなアキレス腱だと思う。

 古いソウルの空気を湛えているという意味で、鍾路三街は重要な場所かもしれないが、「街」に寿命があるとすれば、そのこともまた、如実に表している哀しい場所なのかもしれない。

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Vol.524 サムゲタン考 [韓国の食]

 日本でポピュラーになった韓国料理に参鶏湯(サムゲタン)がある。
 昔から知っている人は知っていた料理ではあるが、「キムチ、焼き肉、参鶏湯」と並んで日本で語られるようになったのは割りと最近のことなのではないだろうか?

 日本のネットでこの参鶏湯についての評価を調べて見ると「美味しい!最高!大好き!」という意見と、「激まず!ゴミ!臭くて食えたもんじゃない!」という風に賛否両論真っ二つに分かれているようだ。

 日本でも韓国の焼酎モドキを絶賛する人がいるくらいだから、参鶏湯を好きな人がいるのはなんらおかしくないし、嗜好は個人の自由だから別にいいのだけど、これが二十年前ならどういう評価になっていたのだろうか?
 たぶん、こんなにウケていなかったと思う。

 そして、この参鶏湯が一部日本人の間で酷評されている裏側には、「日本で韓国の定番料理が認知される度合い」と「韓国において定番料理の質が低下している度合い」が、比例しながら進行している事情が隠れているような気がする。

 つまり、韓国における韓国料理の味が一般的に低下した頃に、韓流という疫病が流行り、日本人の間で韓国料理が広まってしまったことが、韓国料理を必要以上に「不味い」と主張させる原因になってしまっているのではないだろうか?

 ちなみに筆者は参鶏湯が嫌いだ。
 現地で誘われても「え~!参鶏湯?」と態度に出してしまうし、食堂でも嫌な顔をして食べたりしている。
 だが、美味しいかどうかを問われたら、「美味しい」と答えるだろう。

 実際問題、専門店で出される参鶏湯のスープは大抵美味しい。
 おそらく日本で嫌がられる原因の一つは薬臭いことだが、そういう料理は何も参鶏湯だけではないし、カレーなんかは最たるものだ。
 では、筆者の場合、何が嫌いかといえば、その見た目のグロさである。

 切断面をさらした鶏が一羽(もしくは半羽)が器の中にゴロン、と丸ゆでになって転がっているルックスが生理的に受け付けないし、それをぐちゃぐちゃに崩す食べ方が、よりハード・ゴア過ぎてダメ。
 道路で車に轢かれ続けて、原型がなんだかわからなくなっている犬や猫の死骸を思い出してしまう。

 私が参鶏湯を韓国で初めて食べたのは軍事政権の末期、景福宮駅近くにある「土俗村」だった。
 ここは当時からそれなりに名店ではあったが、今のように人々がやたらと押しかけて行列するようなお店ではなく、もっと地味で冴えない店だった。
 当然、メニューは全てハングル表記、日本語対応も一切なし(というか、日本人自体いなかった)。

 昔も烏骨鶏の参鶏湯が名物だったが、その時の目的は漆の参鶏湯だ。
 この漆の参鶏湯、今では希少メニューになっているらしいが、当時でも、そんなにポピュラーではなかったと思う。

 注文時、「かぶれるかもしれませんよ」とお店の人に注意を受けたが、食べて見ると拍子抜けするほど癖のないあっさり味、美味しくも不味くもなくで、肩すかしだった。
 もちろん、かぶれたりはしない。

 「漆って本当に食べることが出来るんだ~」と感心はしたものの、人様の家庭で出てくる普通の鶏スープの方が遥かに美味しかったので、「韓国の外食って、イマイチだなぁ」という印象を刷り込まれた。
 値段はW8000-くらい、今では考えられないくらい安かった(でも当時の韓国の相場だと通常の倍)。

 最後に韓国で参鶏湯を食べたのは、もう十年前くらいになる。
 知り合い夫婦に誘われて行った、新林駅の十字路近くにあるお店である。
 結構古い地元の定番店だったが、味は至って普通で、絵に描いたような平凡な参鶏湯だった。
 不味くはないが、何か+αに欠けていて物足りないのである。
 知人夫婦が器の中で鶏を上手にグチャグチャにしているのを眺めながら、私はあまり崩さないようにして食べた。

 一番美味しいかった記憶のある参鶏湯は、忠武路の古いビル、半地下に居を構えたお店だった。
 老夫婦が経営する街場の食堂で、味は非常に良く、鮮烈さすら感じるシャープな風味の参鶏湯だった。

 材料とスープの煮込み具合が適度で、具材の個性がちゃんと感じられるのだ。
 食材が良かったのかもしれない。

 場所が場所なので、今ならグルメ・ガイドに載るべき味だったとは思うけど、残念ながら十年以上前に姿を消してしまった。

 …とまあ、それなりに彼の国との付き合いは長くても、今も昔も焼き肉と参鶏湯は興味が無いので、これらについて食べた記憶があまり無い。
 物価高が日本を越えてしまった今、なおさら、これらの「定番料理」を食べる機会は無さそうだ。

 でも、久しぶりに「土俗村」へ行ってみようかな??

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