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Vol.345 何も生み出せないものたちの悲劇 『ムサン日記~白い犬/무산일기』 [韓国映画]

 脱北ブローカーの手を借りて、韓国に逃げてきたスンチョルとその仲間たち。
 だが、激しい格差社会と化した韓国には、増えすぎた脱北者がいるべき場所はなかった。
 違法ビラ貼りの仕事で、なんとか糊口をしのぐスンチョルだったが、この国、この街の人々にとって、スンチョルたちは、路ばたの「石ころ」でしかない…

 パク・チョンボム監督の静寂な衝撃作『ムサン日記~白い犬』は一見、南北問題を描いたように見える。

 しかし、傑作『クロッシング』のように、南北問題そのものを描いた訳ではなく、あくまでも韓国社会のアウトサイダーとして、脱北者の青年を主人公に据えることで、韓国の問題を訴えようとする作品に見えた。

 かつての韓国は、とにかく未来に向かって燃えていた。
 それはいまでも変わらないし、その過剰な上昇志向は一部日本人にとって、不愉快なものですらある(もちろん、それを賞賛する日本人もいるし、それをよしとする日本人もいる)。

 在韓日本人の知人が、部下である韓国の若者たちに「将来何になりたいか」を問えば、「社長になってお金儲けをしたい」という答ばかりが続出して、質問者を困らせたことがあった。
 だが、それが根っ子の部分で変わりつつあるように思える。

 イ・ミョンバク政権になってから沸き起こった反政府的ムーブメントの中心は、大学生未満の若者たちだった。
 それは、ネット世代特有の憤りかもしれず、単なるブームだったのかもしれないが、王道としてまかり通ってた「いい大学を出て、いい会社に入って、起業して、お金と権力を得たい」という指標が、親や親族の潤沢な経済力に支えられてこそ実現できることであり、そうして富を引き継いだエリートが増えれば、結局は多くの人々が喰い物にされるだけになりかねないという、危機感から来る本能的な抵抗だったのかもしれない。

 限られた富裕層は肥え続け、そうでない者たちは決して浮上することが叶わない。
 「中流」という緩衝装置も、下流にいずれ飲み込まれてゆく。
 そんな図式に対する抵抗と抗議の意思表明が、ここ最近の韓国映画では顕著になってきているように思える。

 『ムサン日記~白い犬』もまた、そのムーブメント先端に位置する作品だろう。
 脱北者を主人公にしたことは、世の不公平さへの絶望を嘆くための方便に過ぎないのではないだろうか?

 この『ムサン日記~白い犬』でまず衝撃的なのは、監督本人演じる主人公スンチョルだ。
 奇妙な髪型に朴訥すぎる性格、不幸ばかりが振りかかる異形のキャラクター像は、観る者にとってトラウマになりかねないインパクトがある。

 彼は要領が悪く、いつも周囲の不利、不条理を押し付けられる。
 その黙って耐える姿は、まるで日本人の美徳そのもののようだが、「じっと我慢」しても、決して報われる瞬間はやってこない。

 舞台となるソウルの風景も、ゆるい悪夢のようだ。
 古い街角が「貧しき象徴」として取り壊され、その後には「富める象徴」として新しい現代建築が次々と建てられてゆく。 
 だが、艶やかな新しい街角の裏で蠢くスンチョルたちの姿は、住む場所を追われ、日陰を求めて逃げ続ける昆虫のようだ。

 監督と主演を務めたパク・チョンボムは、元々、映画マニアでもなんでもなくて、延世大に通う体育系青年だった。
 だが、韓国で公式に公開された初の日本映画『HANABI』を観たことが、映画界へ身を投じるきっかけになったという。
 マスコミが伝える話を本気にすれば、彼は「北野武チルドレン」の一人ということになる。

 『ムサン日記~白い犬』の語り口は、活字的であり、私小説的だ。
 ドブの中を這いずり回り、泥水をすするように惨めだが、ゴキブリのように逞しい人間ドラマは、韓国映画の伝統を継いだといえるかもしれない。

 同じくインディーズの若手ホープとして注目されている『파수꾼』、『바나나 쉐이크』のユン・ジョンヒョン監督が、あくまでも映画的エリートとして華麗さと洗練さで作品を織り上げていることとは、対称形だ。

 題名の『무산일기』の『무산~』とは、主人公の故郷、北朝鮮・咸鏡北道の「茂山」のことであり、そこが乱開発で「無山」になってしまったことを指すとともに、ソウルで人生を失ってゆく主人公の姿をなぞらえた「霧散」の意味がかけてある。

 私はてっきり無生産の「無産」かと勘違いしていたけれども、図らずして、この映画は、韓国という地で何一つ生み出すができない人々の、救いのない悲劇を綴った物語でもあったのだ。
 
 寡黙だが致命的な力を宿す刺客のような映画。
 それが『ムサン日記~白い犬』なのである。

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